アメリカ映画では、1億ドル級の製作費を要した映画を「ビッグ・バジェット」あるいは「イベント・ムービー」と呼び、6000~4000万ドル規模の作品を「ブルー・チップ」、2000~1000万ドル規模の低予算映画を「ロウ・バジェット」または「ポートフォリオ」と呼んでいます。
しかし、イベント・ムービーがこれくらいの予算規模になると、アメリカ国内で3億ドル以上の劇場収益をあげないとペイできず、アメリカ圏外の世界諸国での上映によって初めて純利益が生じるという状況です。
映画1本の製作費が1億ドルの大台に乗った背景には、様々な要因が挙げられます。もちろん物価自体の上昇もそのひとつに違いありませんが、コストが高いビジュアル・エフェクトを多用した作品の台頭、ポスト・プロダクションの細分化、俳優の出演料の高騰化、さらにはヴィデオソフトや衛星放送などといった2次収益市場の拡大化によって、製作費の枠もそれに比例して大きくなったといえるでしょう。
ビジュアル・エフェクト(視覚効果)をふんだんに使用した映画はコストが高くつくことを記しましたが、それなら「視覚効果をふんだんに使う」代名詞とも言えるスティーブン・スピルバーグ監督の諸作は、さぞかし製作費も莫大と思われることでしょう。
いいえ、実際はそうでもなかったりします。彼のフィルモグラフィ中、製作費が1億ドルに達した作品は1本もないのです。
例えば、昨年の話題作にして今年のアカデミー賞最有力候補である『プライベート・ライアン』(98年)は、製作費が6000万ドル。戦争映画としては高額の部類に入るものの、専門家の見立てでは、
「これくらいの規模の戦争映画を製作すると、少なくとも倍の1億2000万ドルはかかる」
と言われてきただけに、その低コストでの製作には驚かされるばかりです。
スピルバーグがブルー・チップを維持できる背景には、
(1)有名人俳優を起用しない。
(2)撮影期間が短い。
(3)宣伝費の節約。
という要素があります。
(1)は過去のスピルバーグ作品に共通する特徴で、トップスターを作品に起用しないことで、俳優のギャラにかかる費用を軽減しています。まさに作品内容重視のスピルバーグならではのアプローチです。
(2)に関しては、スピルバーグの早撮りは有名で、例えば『ジュラシック・パーク』(93年、製作費6300万ドル)は撮影日数が55日間、『シンドラーのリスト』(93年、製作費2500万ドル)で75日間、『ロスト・ワールド』(97年、製作費7300万ドル)で66日間、『プライベート・ライアン』で60日間という驚異的な早撮りで作品を完成させているのです。撮影に日数がかかればそれだけ費用もかさむので、もっとも節約効率の高い方法ともいえます。
そして(3)は言うまでもないでしょう。スティーブン・スピルバーグというネームバリューだけで観客は劇場に足を運ぶので、宣伝費用を大きく抑えることができ、低コストにつながるのです。
このように、スピルバーグという作家が本当に優れている点は、監督としての卓越した演出力やその戦略性だけではなく、むしろ作品の表面上には現れないコストパフォーマンスの良さにあるといっても過言ではありません。
しかし、これもスピルバーグのような神童だからこそ可能であり、ハリウッドにおいては一握の好例でしかないのです。